過去の「今月の短歌」です
2012年
風邪ひけば土鍋取りだし白粥をとろりと仕上げ青葱入れる
2011年
しゃぼん玉ゆらり流れる公園の陽だまりの中 風に色あり
ゲルニカの恐怖にゆがむ馬の顔 平和になれぬ国あまたあり
ゲルニカを小学生のグループが座りて観居りスペインの贅
楷書にてきっぱりと書く「心」なり心はいつも揺れているのに
ボランティア引き上げたあとの避難所の老齢者の顔テレビが映す
薄墨に仕上げたる雲たよりなく消え入りそうに我を見ている
ゆるやかに柳の葉より吹いてくる草書の「風」を部屋に飾れり
あの人はちょっと苦手な強情っぱりブルーベリーの蜂蜜贈ろう
万華鏡ひかりにかざす一瞬をくらりと動く紫の花
月光に洗われたる目にはっきりと彼の心の傷の見えくる
逢いみてののちの心の空白にけだるく崩れる芍薬の花
春を待つ心の中に舞いきたる高野素十の方丈の蝶
2010年
白鶴が翼広げる型という太極拳の立ち姿よし
筆架には筆の並びて静かなり眺める我の心を洗う
街に見るすべてのサインはフラン
ス語ケベック人の意地の見せ所
怪鳥の大きな嘴 むらさきに蕾色づく極楽鳥花
言わないでおけばよかったいくつ
かの言葉浮かびて目覚める朝(あした)
原爆は戦争終結早めたと物知り顔
に日本女性が
残りたるキャンティー飲めりほの
ぼのと昨日の昼のカレーパーティー
届きたるソルトレイクの絵はがき
は塩の袋のおまけ付きなり
そろそろと触りてみれば意外にもさらりとしたる白へびの腹
あ、ブルージェイ わが目の前を
歩きいる数秒のとき人に気づくまで
自家製のホワイトワイン貰いたり
<シャトーやぎはら>ラベルもよろし
満作の蕾見えきて一月の寒き空気
もやや和みたり
2009年
銀色の細き鍼打つ鍼灸師地図読む
ごとくわが背中読む
まぼろしの鐘の音(ね)ひびく耳のうちケルン去りてもドイツ去りても
真夜中に目覚むる日々の続ききて
体内時計きしきしゆがむ
愛想よき陳さんなれど白人の客に
はもっと愛想よくなる
なんとなく今日は隷書の気分なり
ゆらゆらゆれるわが影法師
木苺の花白く咲きはにかんだ君の
笑顔に恋した、うっかり
洗濯の終わりのメロディー聞きな
がら明日の予定を手帳に入れる
春の蛇わかき蛇なりほそほそと道
を逃れて草地へ行けり
ティファニーの店はこんなに小さ
かった?映画の記憶とかなりずれ居り
偽物と知りて買いたるブランド品
ニューヨークには特別似合う
差別できる側に立つ人レイシズム
否定していきわざわざ我に
ハングルのシャンプー、リンス解
読し髪洗いたり釜山(プ
サン)のホテルに
2008年
看板に韓国文字があふれ居り読ん
で楽しむ釜山〔プサ
ン〕繁
華街
朝刊のオタワの雪を眺めつつアル
バータの雪ちらと思えり
駅員も運転士さえ見当たらぬ近未
来的電車に乗れば
パンはここ花はあの店少しずつ馴
染みの店の増えきて九月
火曜日は普段使わぬ頬肉を激しく
使いハングル学ぶ
この街はコスモポリタンの街だか
ら居心地良くて声まで弾む
ハイウェイを車で走り道迷い見知
らぬ街にときめきてくる
人間も車もわんと増えて居り十年
ぶりのバンクーバーは
隣人に野の花のカード手渡しぬ引
越し蕎麦のわたくし流です
かたつむり見つけたる日はゆるゆ
ると倖せになり親切になる
あの道の角を曲がると一本の梅咲
きて居き二月のかの街
「紅白」のビデオを撮りて安心す
日本の皆に追いつくようで
2007年
レスブリッジの思い出語れと言わ
れれば真冬に荒れる雪を食う風
身の裡で何かが泣いているようだ
白百合のはな花粉こぼしつ
期待して何かを待っていることも
少なくなりぬ短き秋の日
じんわりと汗滲みくる額なり湯に
つかりいてあるヒント浮かぶ
夕霧の静かに下りる草野原 前に
進めぬ吾が立ちて居り
わが翼ゆっくり広げ放しやるこの
淋しさを夏の森にて
なによりも贅沢と思うカナダにて
食べる手作り白玉ぜんざい
教会のバザーに買いし手作りの饅
頭十二個冷凍保存す
今年またパセリ芽吹きて春となり
陽の中セリセリせり上がりくる
ケンタロウのひとりごはんのレシ
ピまね春のキャベツをどんと茹でたり
突風にひっくり返る大トラックの
写真横目に朝食終わる
風も無く晴れ渡る朝あの枝もこの
枝も笑いだしそうな朝