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ひーりんぐたいむ   

 2007 コラム:目に見えない世界       への確信の旅

 

   
 
     
 

*2005年*

9-Nov-2005ああわたしがレイキティーチャーとして活動しようと思ったわけ

自分がレイキティーチャーとして本腰を入れて活動しようと思った動機について書いてみようと思います。

97 年わたしたち夫婦がカナダに移住を決意した頃、わたしは新しい人生に向かっての前向きな気持ちと同時に、本当に移住なんかしてしまって大丈夫なんだろうかという不安が心の中に同居していました。こうしたヒーリングワークにどんどん興味を持ち始めたのはそんな時期でした。レイキのスキルも習得して 99 年にトロントに移住し、順調な生活をスタートさせることができるようになると、わたしのヒーリングワークへのモチベーションは落ちていきました。人は自分の抱えている問題がなくなるとそうしたことから離れていくものですよね。その頃は、周囲に心身に不調な人がいたときに、手を当てさせてもらう程度でした。

トロントでは、主に駐在員のお子さんが通う日本式の学校で、高校生に国語と小論文の指導を行っていました。日本の大学入試の小論文試験には、環境問題が頻出していましたから、わたしも授業で環境問題を取り上げるために、その手の本を読みあさりました。そうしたなかで、自分がいかに無知であったかを思い知らされました。

たとえば、何気なく食べているエビ。日本は一人当たりのエビの消費量が最大といわれます。高いお金になるエビの輸出のために、タイなどの国では、マングローブの林を伐採し、生態系を壊してエビ養殖に励んでいます。そのエビを食べているわたしは、環境破壊の罪の片棒をかついでいるんだ・・・。

それまで環境破壊といえば、車から出るガスや工場の廃棄物、タンカーのオイルもれ・・・そんな幼稚な知識だけで「どこかの誰かが自然破壊を行っている」という他人事のような意識でした。しかし、自分自身の何気ない行動が自然環境の破壊につながっているとを嫌というほど痛感させられました。もう読みたくないと思うほどでした。

そしてこうした問題意識を生徒たちと分かち合おうと考えれば考えるほど、加害者である自分にこんなテーマを教える資格があるのだろうかと思えてきました。

それからはプリント1枚作るときにも、なるべくページ数を減らして資料を作ろうと、いくつもの資料を一枚の紙に貼り付けて縮小コピーしてみたりとがんばりましたが、プリント自体は作らないと授業ができない。

そうやって夜中に起きて作業していることも無駄な電気の消費。何をしてもゴミが出る・・・。

そう考えていくうちに、なかば神経症的な気持ちになってきました。「もう、どうしたらいいのー!」と一人心のなかで悶えていました。そんなことを知らなかったときの自分に戻りたい気持ちでした。

が、ある時ふと「ならば自分のできることで浄化につながることをやればいいじゃないか」と思いつきました。その思いと同時に、自分が身につけたレイキがそのために使えると気が付きました。

レイキで気持ちが落ち着く人が増えれば、ストレスからの暴飲暴食、ジャンクな生活をする人が減るだろう。そうすれば、ゴミもへるはず。ちょっとした病が癒せれば、医薬品も減る。よい氣を出す人が増えてくれば、治安もよくなり平和になり、その氣を受けた自然が浄化されてくるのではないかと。

それまでのレイキへの思いは「自分や家族、友人がリラックスできて体の調子が良くなればいいな」という程度のものでしたが、しかしその時からは「自分が地球を汚す分に相当する量よりも浄化するエネルギーを生み出していこう、そのためにレイキが出来る人をどんどん増や していこう!」という思いに切り替わりました。

でもどうやってそれを実際に開始していけば良いのかが見えてこなかったのですが、ヒーラー Kumiko さんとの出会いできっかけをいただき、みんなにレイキを体験してもらう会として「ヒーリングお茶会」を始めました。

そうして開始した活動ですが、今に至るまでの心の中では、へこむ時期も経験しました。

そのときの話はまた別に書いてみようと思います。

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