| 全日本山岳連盟派遣 ヨーロッパ親善登山隊 Federation of All Japan Mountaineering Unions. Mountaineering and Goddwill mission to European Alps 1965 | |
| < ヨーロッパ親善登山隊の記録 写真集 > | |
| < 1960年代のヨーロッパの風景 写真集 > | |
| この頃から日本の外貨事情も徐々に緩和されていた。ヨーロッパアルプスはヒマラヤ登山と異なり、 登山許可の取得を必要とせず、比較的小人数で簡単に行けることも手伝って、社会人の先鋭登山家がアルプスを訪れるようになっていた。 私達、ジュガール会(深田久弥会長)は全日本山岳連盟の支援をうけて、 「アルプスの3つの壁」の1つで、「魔の北壁」と言われた、スイスの「アイガー北壁」の登攀に向かうことになった。クライミング・チームは私と岳友の安久君が担当し、4人がこれをサポートして登攀を16mmのムービーカメラで撮影する準備も整えた。登山活動の終了後は、ヨーロッパ各国の主要山岳団体、登山学校、山岳財団を訪問し、現地の調査と意見の交換、合わせて親善を計る為のミッションは1995年の夏にスイスへ向けて出発した。あいにくと、この年は悪天候に見まわれ、グリンデルワルドに滞在したが、雨の日が多くアイガー北壁では雪で登攀できる状態ではなかった。天気待ちをしていた時、日本人登山家 の遭難事故が発生したので、現地のガイドの救助活動に協力したが、その後、北壁の登攀が禁止されたのでアイガー東山稜を登攀してフランスのシャモニーに移動した。 シャモニーでは比較的好天に恵まれたのと、今まで経験したことのない、硬い花崗岩で出来た針峰群の登攀を十分に楽しむことができたのは幸せであった。 その後はヨーロッパ各国の山岳団体を歴訪して、情報の収集と意見の交換を交わして、大いに親善を計ることが出来た。これは35年前(1965年)に撮影した「アルプスの山」の写真集です。 | |
| 1965年の夏、私達はスイスで「アイガー東山稜」と、フランスで「シャモニー針峰群」の登攀を楽しんで、登山活動を終了した。その後は、ヨーロッパ各国の山岳会、スキー登山学校、山岳財団等をレンタカーを借りて歴訪し、始めてのヨーロッパの旅をエンジョイした。訪問した国は、スイス、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア、ベルギー、オランダ、イングランドの八ヶ国であった。外国といっても東南アジア各国とインド、ネパール、パキスタン位の後進国しか知らない私にとって、当時のヨーロッパは,歴史、文化、近代化、生活様式とレベル、物の価値観などを十分に見聞することができ、その後私のの目は世界に向けられるようになった。1982‐1987年の5年間、再度ヨーロッパに駐在し、その後1997年に再度ヨーロッパを訪問したが、大きく変ったのはEUにより各国の国境は取り払われたくらであり、ノース・アメリカとは異なり各国の歴史と伝統の重さを痛感した。35年を経過した現在、画像の品質が劣化しましたが、訪問した国々の写真集を記録として作製しました。 | |